先週、愛知県美浜市の「山の広場」という田んぼの中に突如現れる超絶かっちょいい焼き物でできた円形屋外劇場でスピーチをした。カツさんの催し物。詳細はこちら↓

6分時間を与えられて、わたしにはパフォーマンスできるものもないし、学生にはスピーチをさせているのに自分ではしないのはいかがなものかと考えて、スピーチをすることにした。自己紹介のところで「蒲郡lover / 三拠点生活者 /米国マウントホリヨーク大学客員講師」と書かれたので、それに即した内容を話すことにした。スクリプトも書いてみたので、ついでなのでここにアップしておくことにする。ついでのついでにいうと、ナリ式スピーチの練習は、「アウトライン作成 → スクリプト作成 → アウトライン再作成」で、スクリプトは単なる構成の再確認としての位置付けで、これを覚えようとしてはいけない。スクリプトを覚えようとするから忘れるのだー。以下、そのプロセスの中にあるスクリプト。6分じゃ足りんかった。
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みなさん、こんにちは。
今日は、私の三拠点生活から考えたことについてお話しします。
私は自分のことを、蒲郡 lover だと思っています。もともとの地元は東京ですが、4年半ほど前から蒲郡との二拠点生活を始めました。そして去年の8月からは、アメリカのマサチューセッツ州にある Mount Holyoke College で教員として働いています。つまり今の私は、東京、蒲郡、アメリカの三つの場所を行き来しながら暮らす、三拠点生活者です。
この三つの場所にいる自分を比べてみると、自分の地域社会との関わり方が、場所によってかなり違うことに気づきました。今日は、その違いから、私は場所によって「中心にいる人」にも「外側にいる人」にもなるのだ、という話をしたいと思います。
まず東京です。
東京は地元なので、新しい場所を開拓したいとか、新しいコミュニティに入っていきたいという気持ちは、正直あまりありません。家族も友人も知り合いもいて、既存のつながりがたくさんあります。自分から探しに行かなくても、次から次へと用事が舞い込んできます。いわばコンフォートゾーンです。東京にいる私は、努力しなくてもそこにいられる人間です。
一方で、蒲郡にいる私はまったく違います。
蒲郡では、「知りたい、知りたい」という気持ちが強くなります。あそこに行ってみよう、この人に会ってみよう、これをやってみよう、という新規開拓の意欲が自然に湧いてきます。もちろん、外から来た人間なので、何もしなければ何も始まりません。でも少し努力(?)すると、誰かに会えたり、話が広がったり、思いがけない活動につながったりします。特に、地元の人に飲み会に誘ってもらえると、私はものすごく嬉しくなります。ただお酒を飲むということ以上に、「この場にいていいよ」と言ってもらえたような気がするからです。蒲郡では、そういう小さな誘いが、自分と地域との距離を少しずつ縮めてくれました。蒲郡では、努力すればするほど報われる感じがあります。だから楽しいのだと思います。
そして三つ目が、アメリカです。
ここでの私は、完全な新参者です。車がないので、自由に移動することも難しいです。英語も、自分の言いたいことを全部なめらかに言えるほど上手ではありません。行きたい場所があっても、車がないと行けない。何か聞きたいことがあっても、英語でうまく聞けるかを考えるだけで疲れてしまう。そうすると、だんだん「まあ、今日はいいか」と思うようになります。そのため、蒲郡の時のように「行ってみよう、やってみよう」とはなかなかなりません。
むしろ、「まあ無理でしょ」「大人しくしていよう」という、あきらめに近い気持ちがあります。
それでも、アメリカで大切な人間関係もできました。特に親しくなったのは、同僚でメキシコ人のデナエと、その夫のトーニョ、そして同僚でスリランカ人のイシュファクです。デナエは私と同じ新任教員で、イシュファクは私より1年前に来た、少しだけ先輩の新参者です。私の英語は決して完璧ではありません。言葉に詰まることもあります。それでも私たちは、ビールを飲みながらいろいろなことを議論したり、楽しいことや悲しいことを共有したりします。一緒に時間を過ごし、感情を共有する中で、人間関係が少しずつ深くなってきていると感じます。
この経験から、新参者同士のつながりにも、大きな意味があるのだと思うようになりました。完全に中にいる人ではなくても、少しだけ先に来た人、同じ時期に来た人がいるだけで、ずいぶん心強くなります。新参者は、ただ中心にいる人に迎え入れられるだけではなく、新参者同士でも支え合いながら、自分たちなりの居場所をつくっていくのだと思います。
ここまでをまとめると、東京では、努力しなくてもそこにいられる。蒲郡では、努力すると関係が広がる。アメリカでは、努力したくても、その前に壁がある。この違いが、私にはとても大きな発見でした。
この経験から、日本に住む移動者や、外国人の人たちのことを、以前よりも具体的に考えるようになりました。「地域に入ってきた人が、なぜ積極的に関わらないのか」と、外から見ると簡単に言えるかもしれません。でも本人の側には、言葉、移動手段、情報、人間関係、そして「どうせ一時的にいるだけかもしれない」という気持ちなど、いろいろな壁があります。
そしてこれは、物理的な土地の移動だけの話ではないと思います。会社、学校、町内会、習い事、趣味の集まりなど、あらゆる組織でも同じことが起きているのではないでしょうか。そこには、長くいるベテランの人がいます。
事情はわかっているけれど、まだ慣れていない人がいます。そして、何もわからない新参者がいます。
人は単純に、マジョリティとマイノリティに二分できるわけではありません。長くいる人、少し前に来た人、今来たばかりの人。それぞれの立場から、誰かを支えたり、誰かに支えられたりしています。関わり方や時間の長さによって、外側から少しずつ中心へ近づいていく、段階的な存在なのだと思います。
私にとって、マイノリティになる経験は、マジョリティとしての自分のあり方を省みるよい機会でした。自分が中心に近い場所にいる時、外側にいる人をどう見ているのか。「来ればいいのに」「参加すればいいのに」と思うだけで終わっていないか。その人が入ってくるための地図や入口を、本当に用意しているのか。
新参者がなかなか入ってこない時、それはその人に意欲がないからとは限りません。その場所のルールが見えない。誰に聞けばいいかわからない。失敗した時に笑われるかもしれない。そもそも歓迎されているのか確信が持てない。
そういう小さな不安が積み重なると、人は外側にとどまることを選びます。
一方で、新参者はただ助けられるだけの存在でもありません。外から来た人は、その場所に長くいる人には見えなくなっているものを見ることができます。当たり前になっている習慣、説明されないルール、入りにくい空気、そしてその場所の魅力。新参者の視点は、地域や組織をもう一度見直すための鏡にもなります。
だから大切なのは、新参者をただ中心に同化させることではなく、外側から来た人が、その人のまま関われる余白をつくることだと思います。たとえば、地元の人に飲み会に誘ってもらうこと。ちょっと声をかけてもらうこと。誰かを紹介してもらうこと。そういう小さなことが、新参者にとっては「ここにいていい」という実感につながることがあります。
新参者を迎えるということは、何かを教えてあげることだけではないと思います。その人を助ける対象として見ることでもありません。むしろ、一緒に時間を過ごし、話を聞き、時には意見を交わし、楽しいことや悲しいことを共有すること。その中で、外側にいた人が、少しずつ「関係のある人」になっていくのだと思います。
そして、その関係は、迎える側だけがつくるものでもありません。新しく来た人同士が支え合うこともあるし、少しだけ先に来た人が、今来たばかりの人を支えることもあります。居場所は、中心から外側へ一方的に与えられるものではなく、いろいろな立場の人たちが関わり合う中で、少しずつできていくものなのだと思います。
三拠点生活を通して、私は、場所に属するということは、単にそこに長くいることではないと感じました。そこにいる人たちと関係をつくり、自分も少し変わり、相手や場所も少し変わる。その相互作用の中に、本当の意味での居場所が生まれるのではないでしょうか。
ありがとうございました。